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2010年11月9日火曜日

「断捨離」ってなんだ

ミニマムな暮らし方に関する本やブログをよく目にするようになった。
自分自身の魂の声(大げさだなあ…)
に照らすと、多分一番理想のライフスタイルなんだと思う。

子供の頃、日本は高度成長期のまっただなかで、
父母から、「早く、高く、多く、」もっともっととせかされて育ち、
青年期はバブルのまっただ中で、セレクトする「モノ」を競い、
今は過去の遺物(人には単なるゴミ)を持て余している現状。

幼い頃の夢は(小学生の低学年)は
・一人暮らし
・放浪
・山で暮らす
というもので、もちろん誰にも(特に母には)理解してもらえなかった。

その頃はまって読んだ本といえば、
「ロビンソン・クルーソー」
「家なき少女」…テレビアニメ「ペリーヌ物語」の原作
「十五少年漂流記」
「愛の妖精」…ジョルジュ・サンド作。
森で暮らす魔女のような女の子が出で来る。
その子に心底憧れた。

理想は山のオンジ(アルプスの少女ハイジの)暮らし。


10歳までに確立されたアイデンティティがその人の本質だという話を
聞いたことがあるが、小さな女の子にしては変な夢だが、
夢中になって読んだ本から考えると、私の本質はそういうものなんだろ。。

ミニマムな暮らし対する根源的な欲求と、それを十分に
実現できない現実が、ここ最近の疲労感の原因なのかな。

同時に近頃目につく「断捨離」(だんしゃり)という言葉。
これはミニマムな暮らしのバックボーン宗教的ともいえる概念。

「断」入ってくるいらない物を断つ
「捨」ガラクタを捨てる
「離」物への執着心から離れて「自在」の空間へうつる
というもの。

片づけにヨガの精神性をとりいれて、
というか、整理整頓する方法を仏教の言葉で上手に本の書名にしたもので、
ヨガの中でプラティヤハラという段階があるが心の執着をとるために
断捨離が必要なものということらしい。

「anan」でも特集されたらしいから悩んでいる人多いんでしょうね。

捨てるって、ホント知力体力気力いるなあ、特に私には。

2010年11月8日月曜日

心理学と茶道の本

先週は図書館にいけなくて、読む本ないなとおもっていたら、
実家に母が買った茶道の本のなかに
面白そうな本があったので読んでみた。

タイトルは
「茶道心講 茶道を深める」

作者は
岡本浩一

単なるハウツーものではないようで、
写真ページもしぶいし、
タイトル帯のコピーががそそられる。
「心理学者、茶道を語る」とかなんとか…。


プロフィールをみると岡本浩一氏は社会心理学者で、
日本では初めての「リスク心理学」が専門とのこと。
そういえば、何冊がビジネス書のたぐいでチラ読みしたが覚えのある人だ。

薄い本だし、茶道の雑誌に連載されたコラムに書き足して
まとめたものなので、シーツの洗濯やふとん干しをしながら、
2時間弱で読み終わった。

元がコラムなので、軽く書いてあるし読みにくくはないが、
内容が深いので、読み飛ばすのには、惜しい本という感じ。

一番、面白く思ったのは、
利休とキリスト教の思想的なかかわりについて。

たとえば、茶室に入室するのには、「ニジリ口」という
狭い入口から腰をかがめて入るのだが、
それは聖書の「狭き門より入れ」を体現させたものであるとか、
ふくさ捌きはカトリックのミサの礼式の影響をうけているとか。

ちょっと、目からうろこで非常に面白かった。

2010年10月27日水曜日

「わが友マキアヴェッリ」の本

昨日でやっと塩野七海さんの本を読み終えた。
「わが友マキアヴェッリ」の文庫本のである。

ルネッサンス期を生きた、仕事中毒の官僚、。
マキアヴェッリ君が政変に巻き込まれて失脚し、そのあと田舎に引っ込んで
失意のなか、苦しみながら自分も思いを込めて書いた数々の名作を世に送りだす。

マキアヴェッリといえば、陰謀大好きのくらい奴みたいな
イメージだったのが正反対だったのが面白かった。
彼は超有名な「君主論」を始め、
多々の名著をものにした人だけど、その他に
戯曲(それもちょっとエッチでばかばかしいコメディ)も書いていたのも知らなかった。
特にプライベートな手紙は面白くて、同僚に送った手紙なんか、
みんなで回し読みしていたらしい。(確かに今よんでもおちゃめ!)

もし現代にマキャベリが生きていたら、超人気ブロガーになったに違いない。

時は華麗なるルネッサンス、登場人物も豪華、でほんとに本を読む楽しみを
味あわせいただいた。

私がそれにもまして気になったのは解説の佐藤優氏。

あんまり時事ネタには詳しくないので、この人のことを知らなかった。
(そういえば、こんなことあったよな~。って程度)

しかしとても気になる人なので、今度はこの人の本をよんでみようかな。
めちゃめちゃやばい感じだけど。

片づけられない母について

実家の片づけ…それは私が思っているよりも大きな問題を含んでいるようだ。

母は共働きで忙しく掃除の時間がとれないと言うので、
私が家を出てからも、週末は家事をするために戻って来ることを望んだ。
そのことは、私自身にとってかなりイヤなことだったが、
「娘が家のことするのは当たり前だ」と。

母が退職し、これで私も実家から解放されると思いきや、本当に大変だったのはそれからだった。
だれしも、忙しく働く母親(それも非協力的な夫と三人の子供を抱えた)に
完璧な家事を期待しない。が、退職し、一主婦となり、子供も独立して、
介護状態の祖父母もいない、家が片づかないとしたら…。

母は前にもまして、私を呼び出すようになった。

私は、家に帰る度になぜこんなに散らかるか、まったく理解できないまま、
粛々と掃除をしていた。
母はいろんな言い訳をしていた。すべて父のせいだと。
しかし、実際に掃除する私からしたら、父は散らかすのは散らかすが、
それは掃除するという習慣があまりない、ごく普通の昔の男の散らかしであって、
だいだい1~2時間も掃除すれば元の状態に戻った。

しかし、母の場合は違う。まず台所は、流しはきれいにしてあるが、冷蔵庫の中は、
いつもいっぱい、賞味期限切れのものなどはかわいいほうで、傷んだ野菜の上に
買って着たままのポリ袋の状態で平気で積み重ねてある。
その状態が台所の床や腰高のカウンターの上まで続いている。
これを仕分けて、整理し、ほこりをとり、きれいに並べると、
台所で半日はたっぷりかかる。

そして、掃除してきれいになったものの、その状態はもって一カ月。

リビングも母の部屋もそう。
それは次第に勢力をのばし、今は主のいない子供部屋や客間まで浸食してきた。

そのことで、父と母と私の間で口げんかが絶えない状態になり、
片づけても片づけも片づけてもまた一ヶ月後にはカオスと化す家に、
私は疲れきってしまった。

私は収納のハウツー本や情報を集めて、自分のできるかぎりのことをしたが、
ある日はた、と気がついた。

を母はきれいに暮らしたいと口癖のように言うが、ほんとの望みは別で、
その気持ちを、真の母を理解できない私がいるのではないかと。

講座生のみなさんのブログです

2010年10月26日火曜日

片づけられない女

「片づけられない」
これは私の人生に深く関わってきた重大なテーマである。

私の両親は共働きで、おまけに父は昭和一ケタ生まれの亭主関白。
家のことは妻におまかせ。
母は「忙しい」が口癖で、それでも、一所懸命に三人も子供を育ててくれた。
お料理が好きだったので、遠足の時には早起きして、お弁当に海苔巻を作ってくれた。
小さいころは手作りの洋服なんかも着せてもらった。
が、部屋はいつも散らかっていた。
母は「今は手が回らないけど、退職したら、キチンと掃除した、
きれいな家にきれいに住みたい。」と常々もらしていた。
私達家族のみんなもそんな暮らしができる日を夢見ていた。

が、それはついに夢に終わった。
母は退職し、家を新しく建て、子供達は皆、独立したにもかかわらず。

実家で人が集まることがあるたびに(法事、里帰り、盆暮れ正月等々)
その度に、(大体2~3カ月に一度の割合になる)
私はよびもどされ、ほぼ一カ月の休みをすべて返上して、家を掃除していた。
その状態がおかしいのではと思い始めたのはここ何年かである。

母は言い訳する。
「お父さんが散らかす」
「○○○があって忙しかった。」
「もらったから捨てられない。」

そして私が休日返上して、朝から晩まで掃除してやっときれいになった家も
2週間もすると、また前の状態に戻るのである。
イメージとしては、近頃よくテレビでもみる、ゴミ部屋の80%割り引いた感じ。
自分自身ならまだしも、親、特に母親がこんなだと娘はつらい。
母が掃除できないのは、ADHDが原因かも?と疑っている今日この頃である。

「片づけられない」悩みもつ人は多いと思う。
世の中には、そんな人々を救済すべく、ハウツー本や、収納のノウハウがあふれている。
しかし母のような、なにか決定的な欠陥があるとしか思えない人の場合の、
有効な手段があれば、ぜひ教えて欲しい。
私の平和な休日のためにも。

2010年10月21日木曜日

片づけできない母を知った日

リフォーム関連の本やテレビ番組をよく見る。それは片付いた部屋で暮らしたいからだ。
理想は図書館のような部屋。
すっきりと、収まるべきところに収まって、大好きなものだけある。
飾りや装飾はなくシンプルに暮らせる場所。

昔、ある人に「部屋はその人自身を映す鏡」と言われたことがある。
ホントにそうで、自分自身の精神状態をあからさまに表すのが自分の部屋である。
気持ちが荒れていると、部屋もあれ、毎日気持ちよく、充実していると、部屋もきれいだ

私の場合、自分の理想の部屋までの道のりは長かった。
まず独立して家を出るするまでは、母の言いなりの生活しかできなかった。
自分の好みの家具やインテリアはいっさい認められなかった。
やっと家を出た後にも、学生の頃はお金がなく、とても優雅な一人暮らしはできない。
就職して、少し生活に余裕が出来た頃、私は重大な発見をした。

片づけが出来ないのである。ものがすぐに溢れてしまうのである。
その頃、一日15時間くらい仕事していたので、掃除する気持ちの余裕も時間もなかった。
あんまりひどい状態の私を見かねて、友人が掃除にきてくれた。
それでまたびっくりした。友人はなんと、最初に不要なモノを
どんどん捨て始めたのである。

そして、部屋はみるみるきれいになった。

「そうか、すてればよかったんだね。」と私。
「!!!。今までどうしていたの?」
「収納家具を買って、入れていた。」
「!!!!!。それじゃ、収納家具の分だけ部屋がせまくなるし、
よけい散らかるでしょ。」
「だって母がそうしてたから…」

そう、それが母が「片づけられない女」なんじゃないかと思った瞬間だった。